【調剤薬局の薬剤師】通勤片道2時間にお局によるいじめ。調剤薬局という狭い空間の中、与えられた仕事はプチプチだけだった話

【調剤薬局の薬剤師】通勤片道2時間にお局によるいじめ。調剤薬局という狭い空間の中、与えられた仕事はプチプチだけだった話

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
30歳

【当時の職業】
薬局薬剤師

【当時の住まい】
実家暮らしで、親と同居

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、同じ業種の別の職場で働いている





【就職のきっかけと経緯】
前職を辞めたタイミングで、たまたま以前勤めていた会社の上役から連絡を貰い、特に就職していない状態であることを説明。
期間雇用の提案を受けました。

【環境と仕事内容】
調剤薬局の薬剤師。
管理者は別にいて、自分は二番手扱いでした。
患者対応はゼロです。
日勤、土日休日。
給与は月給制でした。
問題がない処方箋の記載の通りに薬を準備し、揃った薬を次の薬剤師に渡すポジション。
シート状になっている錠剤から、ひたすら錠剤をプチプチ出してバラバラにしていく仕事がメインとして与えられていました。

【大変だった時期】
半年の期間雇用で入り、三か月程度経過した辺り




【大変だったこと】
冬期間で、通勤に約2時間高速道路を運転したことが1つ目です。
平野で風が強く、降雪地帯の為、吹雪で全く前が見えず、高速道路でも50q/hも出せない状況での運転に、疲労困憊で職場に到着していました。
僻地の為、車以外での通勤手段はなく、当時は実家住まいだったために会社はアパートなど不要と判断していました。
2つ目は人間関係の悪さです。
事務にお局がいて、一度でも言うことを聞かないとその後ずっと職員から嫌がらせを受ける職場でした。
最初は気付かず、基本言われた通りに仕事をこなしていたのですが、ある時「患者さん集団のど真ん中で、説明に非常に気を遣う薬の説明をするように」と指示を受けました。
本人と家族以外には聞かれてはいけない内容を喋らないといけないため、拒否をしたところ、その日その瞬間以降、全ての伝達が自分には行われなくなりました。
始業の挨拶なし、休憩中の会話なし、終業の挨拶なし、その他仕事に必要な伝達事項の全てがシャットアウトされた状態での勤務でした。
最終的には、錠剤のシートから錠剤を押し出すだけの作業のみを管理者から告げられ、延々とプチプチしているだけの作業員扱いだったのですが
陰で「仕事をしない」とお局が言っていることが苦痛でした。
また、他の事務3名に対しても、一切口を利かないように指示をしている様子でした。

【大変だった期間】
期間雇用でしたので、半年間で契約終了しました。
最終日に期間延長を打診されましたが、お断りしました。




【当時の心境】
通勤時間は運転ですから他の作業が出来ず、ただひたすら前を向いていることが苦痛でした。
お局対応としては、前もっての情報で全く分からず、事前に判断するのは不可能ですので、会話が成立しない相手とは共に仕事をするのは不可能であることを理解しました。
特に楽しい思い出は、この期間全くなかったと記憶しています。

【職場が大変だった原因】
管理者(薬剤師)が職場のスタッフをコントロールできていなかったと思います。
会社の体質として「事務は見た目で採用する」ので、お局のように他者と一緒に働けない人材を雇った時点で、誰が行ってもすぐ辞める職場が確定したのではないかと捉えています。




【仕事で良かったこと】
吹雪の中、毎日往復時間運転し、毎日錠剤とプチプチしているだけの職場には、やりがいは一切ありませんでした。
ただ、ブラックな会社ではなくとも、職場単位では安易にブラック化することを学べたという意味では、収穫はありました。




【特にひどかった最悪の出来事】
錠剤プチプチを延々としていた期間のこと。
最初からバラされた状態で売っている薬だったので、管理者に掛け合って包装単位を切り替えるように打診しましたが「今のままでいいんだ」と簡単に断られました。
裁量がない状態で勝手に発注を切り替えることも出来ず、無駄な作業とわかっていても延々と同じ作業のみ繰り返し与えられる事は、自分の人間性を否定される思いでした。
毎日血が出ても作業を辞められず、それしか仕事を与えられないにも関わらずお局には「仕事をしない」と陰口(聞こえてますが)を言われる日々は、特段何も大きな事が起こっていないにも関わらず、毎日自分を惨めな思いにさせてくれました。
最終日に管理者から「あなたのお陰で職場が保たれた」と労いの言葉をかけてくれましたが、お局以下事務4名は目が合おうと無言で退勤して行きましたので、この職場で過ごした半年間そのものが、最悪な思いでです。


【相談した人・助けてくれた人】
非効率な仕事を変えるように管理者に訴えても断られ続けていたので、この職場では特に救いはありませんでした。
会社の上層部に言っても「管理者に従って欲しい」という言葉だけでしたので、解決手段があるにも関わらず解決できず、助けてくれる人も特段いなかったと記憶しています。

【改善のための行動】
吹雪の中、下道での通勤は常に事故の危険性が付きまとう為、会社の上層部に高速道路の使用を打診しました。
結果、高速道路を使用した分だけの支払いをするとの返答があり、毎日の通勤を、下道に比べれば安全な高速道路で行えました。
そののち、お局含む事務4名が「特定の人間だけ高速道路を使わせるのはおかしい」と会社に訴えていましたが、通勤の安全の為という理由で、会社には断られていました。




【現在の状況と心境の変化】
期間雇用を終えた後、知り合いのつてで別の調剤薬局に努めました。
こちらも上司から理不尽な扱いを受けていましたが、社長とは折り合いが良く、勤め続けられました。
その10年後に会社を立ち上げて薬局の経営を始めましたので、経営面での心の負担はありますが、人員面で理不尽な部分は全くなくなりました。
結婚し、子供も2人産まれた為、充実しております。

【学んだこと】
世の中には、ただ気に入らないという理由で他人を虐げる人間が存在するということ。
一つの会社、仕事は辞めたとしても、何とか生きていけるということ。



【当時の自分へのアドバイス】
辛いことは若いうちに経験した方がいい、とはよく言われていましたが、前任者が大変だと口々に言う職場は、出来れば止めておいた方が良いでしょう。
良い人のように見えて、何か一つの事柄で手のひらを反す人間は存在するもの。
理不尽だと思って戦うのも良いけれど、そもそも相手にしないことは自分を保つ上でとても大事なことです。